激しい雨音が容赦なく廊下のガラス窓を打ち付ける。
遠くに響く雷鳴が、危うい沈黙を壊した。
「あ、あのっ……神田、今の人はですねっ……!」
先に口を開いたのはアレンの方だった。
ふしだらに開かれたシャツの胸元をぎゅっと片手で鷲掴みにすると、
言い訳めいた口調で神田の方へと向き直る。
「師匠が多額の借金をした地主なんですけど、
前々からそっちの趣味があったというか……
よくセクハラされてたんですよ……
まさかこんな所で会うとは夢にも思ってなくてですね……その……」
「ふいに身体を舐められるほど、油断してたってか?」
「……いえっ、そりゃ確かにいきなりだったんで、面喰ったっていうか、
ビックリして逃げるのが遅れたって言うか……
あの……でも、その……助けてもらって……ありがとうございます……」
「…………」
神田に助けてもらったのは素直に嬉しかった。
だが、よりによって告白した矢先にこの醜態では、
神田に嫌ってくれといっているようなものだ。
なんて情けない奴なんだと呆れられても仕方がない。
「クロス元帥にも困ったもんだ……
まぁうちの師匠も似たり寄ったりなところはあるがな……」
「……え?……神田の師匠もですか……?」
「……ああ……思い出したくもねぇ……」
神田は眉間の皺を深く寄せながら、不機嫌さを募らせた。
アレンはその姿を見て、
他のエクソシストたちも随分苦労をしているのだろうと勝手に納得した。
だが、今この場に神田が来てくれたということは、
もしかして自分のことを気に掛けてくれたのだろうか。
ナイフを取りに行き、帰るのが遅い自分を心配してくれたのかもしれない。
そう考えると嬉しさがこみ上げてきて、自然に頬が赤みを帯びてきてしまう。
自惚れかもしれないが、神田の些細な行動が嬉しい。
アレンは自分が心底彼を好きなのだと実感せざるを得なかった。
しかし、自分がいくら神田を好きでも好きになってもらう自信などない。
こんな薄汚れた呪われた存在など好きになってもらえっこないのだ。
さっきまで忘れていた嫌な思いが、あの男と会ったことで沸々と再燃してきている。
アレンは一気に消沈した面持ちで神田に告げた。
「あぁ、さっきのフルーツ食べなきゃいけませんね。
……それと、さっき神田の部屋で僕が言ったことですけど……
忘れてください。
僕のこと嫌いなままで構いませんから。
今までどおりたまに話してもらえれば、それで……いいです……」
「……はぁ……?
何勝手なことぬかしてんだ?」
「ご、ごめんなさいっ!すぐナイフ借りてきますからっ!」
アレンはその場にいることがいたたまれなくなり、
神田の視線から逃れようと食堂めがけて走り出した。
そしてそれが自分を拒絶する態度なのだと、神田はすぐに悟ったのだった。
「……チッ……あほモヤシがっ……!」
苦虫を踏み潰したような顔をして、神田はアレンの後姿を睨み付けた。
得体の知れないざらついた不快感が、心を押しつぶしてしまいそうだ。
知らず知らずのうちに神田の表情が哀しそうに歪む。
目の前から逃げ出したアレンの存在が、いつの間にか自分の中で大きくなっている事を、まだ彼自身も気付ずけずにいた。
アレンが神田の部屋へと戻ってきたのは、それからしばらくしてからだった。
「……おせぇぞ……馬鹿モヤシ……」
「すみません……厨房の人たちとつい話し込んじゃって……
あ、今フルーツ切りますね!」
その顔にはさっきまでの戸惑いがない。
他人行儀な笑いを浮かべたアレンがそこにはいた。
「お前、何があった?」
「え?やだなぁ……何もないですよ……」
「……嘘だ……俺にお前のウソは通用しないぞ?」
「……あ……アハハ……」
迷いのない真っ直ぐな黒い瞳で見据えられると、
まるで全てを見透かされているようで、身体が熱くなる。
きっと惚れた者の弱みなんだと心の中で呟きながら、
アレンは参ったとばかりに肩の力をがっくりと抜いた。
「……いえね……さっきのことで、昔のことを思い出しちゃって……」
「……昔のこと……?」
「……たぶん、いえ絶対、こんなこと話したら神田に嫌われちゃいます……」
「お前、言ってること矛盾してネェか?
さっき嫌いなままでいいって言ったばっかじゃねぇか……」
「あ……そうでした……!」
アレンは後ろ手で頭を掻きながら、バツが悪そうに笑った。
そして諦めたように深く一つ溜息をつくと、
ゆっくりと自分のことを話し出した。
「僕、この醜い手のせいで生まれてすぐ捨てられたんです。
そんな僕を育ててくれたのがマナという養父で……
感謝とかそんなありきたりの言葉では言い表せないぐらい、僕はマナのことが大好きだった。
捨てられたことは良く覚えてないんだけど、ただ凍えるほど寒かったことだけは覚えてて……
そのせいなのか、僕は……好きな人に捨てられることが死ぬほど怖いんです。
必要とされなくなる事が……怖い……
だから、好きな人に嫌われないためなら、捨てられないためなら、どんなことでも出来る。
どんな辛い事も嫌なことでも我慢できるんです……」
「……で……?」
「マナは大道芸をして僕を育ててくれましたが、
芸だけじゃ食べていくのは大変なんです……世の中……
だから、自分の身体を使って、お金を得る術も学びました。
大好きなマナに死なれ、その死を受け入れられなかった僕は、
千年伯爵に付け入られて大好きなマナの魂を呼び出してしまった。
この世で一番大切な人の魂をアクマの中に呼び込み、
挙句の果てに自分の手で……大好きな人の魂を壊したんです……」
「……そうか……」
自分で己の過去を話しながら、その瞳からは今にも涙が零れ落ちそうだった。
いつもは面倒な話に耳も貸さない神田が、
瞳を閉じたまま、黙ってアレンの話に耳を傾ける。
目の前の銀白の髪の少年が、自分と同じ悪夢を背負い込んでいると知り、
神田は胸の奥が締め付けられる感覚を覚えた。
それが同情なのか、愛情なのか、そんなのはもうどうでも良く思えるほどに。
「そんな僕の目の前に現れたのが師匠です。
まぁ……人柄は散々な人でしたが……
それでも僕を必要としてくれた唯一の人ですから……
その師匠の借金を返すためにも、色々とした訳で……」
「……で、その相手がさっきの男か……?」
「ええ……まぁ……そんなところです。
さすがの僕も身売りまではしてないんですが、
かなり際どい所まではしてた訳で……
こんな情けない自分を、神田に好いてもらおうなんて
ずうずうしいにも程があるなって、反省したわけで……」
「人に好いてもらうのに、資格がいるのか?」
「そりゃ、最低限はいりますよ。
……それに、貴方は僕にとっては眩しすぎるくらい真っ直ぐで……」
そう言いかけて、アレンは俯くと涙の雫で自分の膝元を濡らした。
そんなアレン髪を、真っ直ぐに伸びた指が優しく絡め取る。
思ってもよらなかった感触にアレンの動きは静止した。
「そんなに誰かに捨てられるのが怖いか?
誰かに必要とされたいのか……?
相変わらず甘っちょろいな……」
「……カンダ……?」
言葉とは裏腹に、今まで見たことがない優しい視線が落ちてくる。
アレンはただその瞳を見上げたまま、優しい余韻に酔いしれた。
「好きな奴に嫌われるのが死ぬほど怖いなら、
せいぜい俺に嫌われないようにしろよ……
まぁ俺は、お前が今までどんなことをしてたとしても、
そんなことぐらいで捨てたりしねぇがな……」
「……え……?……カンダ……?」
アレンは自分の耳を疑った。
今自分の耳元で優しい台詞を言ってくれたのは、本当に神田なのか。
思いもよらぬ展開に、自分の思考が付いていかない。
だが自分の頭を優しく撫でるその手は、確かに神田その人のもので……
アレンは初めて自分に向けられた神田の優しさに触れ、
今まで堰き止められていた物が弾け出たように、神田の胸に抱きついた。
そして、憧れていたその胸の中で思い切り声を出し泣いた。
まるで幼い少年が愛しい恋人の腕の中で泣きじゃくるように……
≪あとがき≫
いやぁ〜、アレン幼すぎます……。
可愛いアレンくんが書きたかったのですがね、
これじゃあ子供過ぎますね……反省……m(_ _ ;)m
次回は神田の過去&想いを書く予定〜♪
甘々度はUPするかなぁ〜??話はまだまだ盛り上がります★
お楽しみにっ(*^m^*)
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